2011年10月17日

チェルノブイリと福島原発の汚染比較2 セシウム137について

前々回の比較記事では要点をまとめず、ダラダラと書いてしまいましたが、大分前回より資料もそろってきたので、重に地図に落とした形での比較を行っていこうかと思います。今回比較する核種はセシウム137、ストロンチウム90、プルトニウム239と240の合計値の3点です。

本来であればセシウム134やストロンチウム89についても比較地図を作りたいところですが、実はこの2核種に関してはチェルノブイリにおける明確な資料がありません。何故ならこの二つの核種は半減期がセシウム134の場合は2年、ストロンチウム89の場合はたった50日と短い為、民主化によって事故5年後あたりから調査が本格化するまでに、重要な核種ではなくなった点と、検出も難しくなったという理由があるからです。また以下比較対象する資料に関しては、福島については事故後1年も経過していない現時点でのものに対して、チェルノブイリの物は事故後10年以上たってからの調査のものもあり、一概に比較対象にするべきではないかもしれませんが、その点を加味した上でご覧頂ければと思います。

■セシウム137について

cs137.jpg
↑クリックすると拡大します。

参考資料
http://radioactivity.mext.go.jp/ja/1940/2011/08/1940_0830_1.pdf (Fukushima)
http://www.nnistar.com/gmap/fukushima.html (Fukushima)
http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf (P146 Chernobyl)

まずセシウム137について原発近辺の比較地図です。これはチェルノブイリの方が事故後11年経過して出された地図である為、当初のものよりも相当軽減されている事が予想されます。本当に公正な比較をするのであれば福島のほうも11年後に航空モニタリングをして調べるべきなのでしょうが、あくまでも参考として頂ければ。また文科省の航空モニタリング地図を参考に作ったもので、各々の閾値が違う為、文科省の閾値の中間点等を大まかに線を引いて作ったものですので、厳密な地図ではありません。あくまでも大まかな参考として見て頂ければと思います。また文科省のモニタリングでは原発周辺10kmは省略されていますので、この部分は@nnistarさんの地図を参考にさせて頂きました。目安としては

http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/te_1162_prn.pdf

を参考にCs137とCs134が同等であると仮定して、2000kBq/m2の場所は15μSv/h、4000kBq/m2の場所は30μSv/h、7500kBq/m2の場所は56μSv/h、20000kBq/m2の場所は150μSv/hという目安を設け@nnistarさんの地図と原発構内のサーベイマップを照らし合わせて作りました。その結果20000kBq/m2以上の場所は原子炉周辺や事務所本館等の空間線量が該当し、原発敷地外にはMP1〜8の値から勘案して存在していないと判断しました。次に7500kBq/m2の地域ですが、原発敷地外で非常に高い線量を記録している夫沢や原発真西の国道6号付近などが56μSv/h以上であることから二つに分けました。次に4000kBq/m2以上の地域に関しては広く30μSv/hの地域ということで空間線量の地図から判断し、また10km圏外でも空間線量調査によって30μSv/h以上の地域がいくつかあった点を加味して北西に延びる細長い線上の地域ということにしました。2000kBq/m2以下については文科省の航空モニタリングの3000kBq/m2の線と1000kBq/m2の線の中間線を辿るように作成し、以下同じような方法で大体のドローイングをしました。

ちなみにこの地図を見る限りチェルノブイリと遜色なく見えるのですが、実はこのチェルノブイリの地図はウクライナの調査のみで隣国ベラルーシやロシアの調査が全く描かれておりません、、この地図をより広範囲に表したものが次の地図です。各々の四角で囲った枠が上記の地図範囲です。

compare.gif
↑クリックすれば拡大表示できます

参考資料
http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf (P25 Chernobyl)
http://www.pref.ibaraki.jp/important/20110311eq/20110830_01/files/20110830_01a.pdf (Fukushima)

基本的にチェルノブイリ事故においては放射性物質は北に広大な飛び地をつくっており、拡大図では見えなかった広範囲な汚染が良くわかると思います。ちなみにこちらのチェルノブイリの汚染地図ですが、一体何年に調査をされたものか良く解っていません。IAEAの資料を当たると2000年に発表されたものであるそうですが、同じような地図(ただし若干の違い、写し間違いと思われる部分も記載されている)がwikiにも載っており、

http://en.wikipedia.org/wiki/File:Chernobyl_radiation_map_1996.svg

こちらは1996と書いてあるとおり、いつのものか定かではありません。また福島の地図に関しては、こちらも閾値の違う文科省の航空モニタリングから非常におおざっぱに線を引いたものですから、完全に正確な地図ではありません。またこの地図を作った時は茨城までの調査が終わった段階のもので、群馬や新潟、埼玉等が入っていません。いずれにしろ線の引き方等についての解説は前々回の記事を参考にしてください。

次にこのチェルノブイリの地図では一般的に距離感をつかむのは大変だと思うので、もう一回り広範囲にした地図も掲載しておきます。


↑クリックすると拡大します。

参考資料
http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf (P24 Chernobyl)
http://radioactivity.mext.go.jp/ja/1910/2011/09/1910_092917_1.pdf (Fukushima)

ここまで拡大すれば、大体の目安になるかと思います。群馬や柏などのホットスポットがチェルノブイリにおける北欧三カ国の高濃度地域やオーストリアアルプスなどと同じくらい(実際は7割程度の濃度だと思います。北欧の最高濃度は120kBq/m2という場所があったそうですが、群馬において最高濃度は60-100kBq/m2の間であり、しかも該当地域の狭さから精々80kBq/m2がせいぜいだと思われますので)という目安が成り立つかと、またこのチェルノブイリの地図が一体何年に調査されたものなのかが不明(図には1998と書いてありますが調査はもっと前か、それとも事故当初の濃度換算をしているか不明)な点も加味すると、ここまで過剰に評価する必要もないかもしれません。またこの地図においては2kBq/m2以下という閾値がありますが、これは文科省の地図には該当できるものがないため、@nnistarさんの空間線量地図や

https://spreadsheets.google.com/spreadsheet/pub?hl=en&key=0AjgQ0pwrXV8YdGJORHAzdi1qMlFldUMwRkl4V3VfN0E&hl=en&gid=1

こちらの各県庁所在地で行っている放射性物質の降下量調査なども参考にして当てずっぽうながら2kBq/m2以下の地域の地図も線入れさせてもらいました。まあ信憑性の程は非常に怪しいものですが、参考程度に見て頂ければと思います。
posted by mockmoon at 20:25| Comment(331) | 記事

2011年09月01日

プルトニウム2万3千倍の話について

色々なところで騒がれた、プルトニウムが当初発表の2万3千倍という話に関してですが、、

http://togetter.com/li/181184

物理学の知識のない人が、良く調べずにそう解釈したということみたいです。ネプツニウム239という物質がβ崩壊してプルトニウムになるから、同ベクレル数のプルトニウムが発生すると勘違いしたようなのですが、、基本的にそれは間違いだそうです。

そもそもこれは

http://www.meti.go.jp/press/2011/08/20110826010/20110826010-2.pdf

この保安院がIAEAに提出する為にまとめた今回の事故において放出された放射性物質の資料を見た記者さんが、ネプツニウムは半減期2.35日でβ崩壊してプルトニウムに変わるという知識で、この変換がベクレル数(ベクレルというのは1秒間に原子核が崩壊して放射線を放つ回数を表す訳で、一般にある印象としての「放射能」の元素的数ではないです)として等価で行われると勘違いしたのが発端です。要はネプツニウム239は76兆ベクレルという数字を見て、同じ項目からプルトニウム239が32億ベクレルと記載されているのを見て、「このプルトニウム32億ベクレルというのはおかしい!ネプツニウムが76兆ベクレルあるんだから、こいつらは2日で半分がプルトニウムになり、1ヶ月もすれば殆どがプルトニウムに変わるんだから、プルトニウムは32億ベクレルじゃなくて76兆ベクレルになると何故書いてないんだ!」となり、76兆を32億で割って「当初発表よりも2万3千倍のプルトニウム汚染」とやってしまった訳です。

まあ2.35日で半数が崩壊するネプツニウム239と24100年で半数が崩壊するプルトニウム239では1秒間に崩壊によってでる放射線の量も当然違ってくる訳でして、ネプツニウムのほうが遙かに強いんです。ですから、Bq数が1:1で変換される訳など絶対になく、大体数万分の1程度に変換される訳です。

ちなみにチェルノブイリにおいてネプツニウムは一体どれくらい放出されたかと言いますと、

http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf

こちらの19ページにある通り、400PBq(40京ベクレル)です。福島ではこれに対して0.076PBq(76兆ベクレル)です。

チェルノブイリのプルトニウム239は13TBq(13兆ベクレル)で、福島が3.2GBq(32億ベクレル)ですから、ネプツニウム、プルトニウム、双方とも福島ではチェルノブイリの0.02%の放出があったということで一致します。

ちなみに以下、放射性物質核種でのチェルノブイリと福島の比較のドキュメントをまとめました。



https://docs.google.com/spreadsheet/ccc?key=0Ai4-DtUU3oRmdFQtRjhkNzJhdW9xSFMtTGhTMnZrWFE&hl=ja

基本的にセシウム汚染の深刻さが際立っていると思います。特にセシウム134に関してはチェルノブイリの放出量の38%にまで達している点は非常に憂慮するべき事態で、またセシウム137の放出量も当初考えられていたよりも多く、チェルノブイリの20%に迫る多さです。ただ日本の場合は太平洋の存在によって、多くが海の上に降下した為、深刻な土壌汚染に関しては、ほぼ100%近くが降下してしまったチェルノブイリと比較すると面積の割合は小さくなっています。もっともその分海の汚染が深刻になってしまいましたが、、、(海洋汚染に関しては後々でまた書こうかと思います。)

後キセノンの放出量がチェルノブイリより多い点を驚かれた方も多いと思います。基本、東京などで事故当初観測された爆発的な線量の増加に関しては、この大量に放出されたキセノンが主要因でしょう。ただ、これは半減期も5日と短く、更にヨウ素ほどベクレル当たりの放射線も強くなく、またヨウ素のように身体の特定部位に貯まるような放射性物質ではない為、原子力災害関連ではそれ程重視されていません。

それと、発表されるたびに値が増えているような印象から、現在でもどんどん放出量が増えて、最終的に汚染地域も拡大すると誤解している方が多いようですが、現時点で線量計や一般の調査等々を見ても解る通り、原発自体からの放出は全体の放出量に影響する程のものは出ているとは考えられません。周辺の汚染地図にある汚染は3月中に降下したものが殆どです。現在も大量に放出されているのだとすれば、周辺の線量計に風向きを勘案した色々な偏りとして現れてくるはずですし、何よりも新たなフォールアウトによる雨水中の放射性物質として必ず周辺地域で計測されるはずですが、様々な調査結果を見る限りその兆候はありません。

では外部への放出に関しては止まっているのかというと、この辺判断が非常に難しいですが、少なくとも原子炉建屋やタービン建屋に貯まった汚染水の実態を見る限り、大気中への放出から、水に溶けて原子炉の外へ流れ出ている状態へと変化したと言えます。それが今でも放出されているのか、薄まっているのかは全く解りませんが、現在処理されている汚染水の数値を計算することで、どれだけの量のセシウムが汚染水として建屋に貯まったのかをうかがい知ることはできます。

http://www.tepco.co.jp/nu/fukushima-np/images/handouts_110820_02-j.pdf

この滞留汚染水分析シートなど見ると1cc当たり10の6乗Bqのセシウム137があると言われていて、これを単純計算すると15万トンある汚染水(そのうち5万トンは既に処理済み)で150PBqというチェルノブイリで大気中に放出された約2倍という途方もない量になります。この汚染水に関しては濃度分布がどうなっているかは不明ですが、それでも少なくとも100PBq〜300PBqくらいのセシウム137は建屋内に汚染水という形で放出された事は事実かと。問題なのは、再び3月11日のような津波がきた場合、これらの汚染水が海上に流出する危険性がある点です。このまま何事もなく汚染水処理が済めば良いのですが、、

また蛇足になりますが、
http://www.meti.go.jp/press/2011/08/20110826010/20110826010-2.pdf

この経産省資料は各号機毎の汚染物質の推定放出量が描かれており、これを読み解けば、結局放出されたセシウムの約90%は2号機が汚染源の中心であり、爆発した1号機や3号機は当初の印象とは全く違う調査結果であることがわかります。1号機は12日に、3号機は14日に水素爆発を起こした訳ですが、ここでうまく2号機を抑える事ができていれば、汚染の実態は現在の10分の1以下になっていた可能性があった訳で、2号機が15日に圧力抑制室付近で異音がした後に周辺の線量が劇的に増大した当時の経過もこれで証明できる事になります。

このように考えたとき、やはり現在の殆どの原発がそうであるように、原子炉自体をそれぞれ近くに置くことのリスクについて、もっと良く考えるべきだったのではないかと、、1号機の爆発後、政府の情報収集と共有がうまく行かない状態で、電源復旧の作業員や近くで他の作業に従事していた人々が混乱し、避難をした事があったそうですが、、やはり他の号機への対応も近いが故に疎かにならざるを得なかったのではないかと、、、そして3号機の大爆発によって現場の混乱はピークに達した訳でして、、これで2号機がせめて爆発した3号機から2kmくらい離れていれば、何か別の手だてを考えて大放出を抑えることができたのかもしれません。もちろんこれは素人の憶測ですが、この経産省の資料を読み返して何となく思いました。
posted by mockmoon at 13:26| Comment(193) | 記事

2011年08月10日

チェルノブイリ原発事故と福島原発事故の比較に関して

様々な場面でチェルノブイリとの比較が取り上げられていて、色々誤解もあるので、一応調べた限りでまとめてみる。

1・チェルノブイリの汚染区域に関する誤解について。

よく「55万ベクレル以上で、これはチェルノブイリの強制移住区域以上の汚染地域」という表現を目にするが、これに関しては色々と誤解がある。この出所は恐らく京大の今中准教授の研究であろうが、誰がこれを曲解して「強制避難」と言い出したのかは良くわからない。ちなみに今中氏のチェルノブイリ研究についてはネットでも見ることができる。

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Mtk95-J.html

この資料を読む限り、まず第一に解ることとして、55万ベクレル以上で強制移住区域という言葉はどこにも書いていない。二次移住区域とは書いてあるが、強制の文字はない。そしてもう一点。実際にこの区分による政策が始まったのは「ベラルーシ最高議会の採決」が1991年末ということだから、事故約5年後ということらしい。この点は非常に勘違いされていると思う。良く「チェルノブイリでは事故すぐに避難させたのに、日本は」という論を見掛けるが、事故後避難対象になったのはあくまでもチェルノブイリから半径30km圏内の住民だけであって(それも避難が完了したのは事故後2週間近く掛かった場所もある)、その外側の高濃度汚染地域、所謂ホットスポットに住む人は約5年間放置されたことになる。その後当該地域においては子供の甲状腺障害の増加が顕著になり、折からの民主化と、ソ連中央政府への反発から共和国政府側がこのような政策を、ある種当てつけがましく打ち出したとも言えるのである。

では実際、移住政策は進んだのかという点だが。次の資料を見て欲しい。

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/Gnsk12.html

これも今中准教授の資料だが、ここには移住政策が始まる前、事故後4年が経過した1990年のそれぞれの汚染区分における人口が書かれている。55万ベクレル以上というのは「表2 汚染地域の住民数」に対応するが、ベクレルではなくキュリーという単位で書かれている、この場合は1キュリーは37Gベクレルであり、1Ci/km2=37kBq/m2という事になるから。15〜40キュリーの地域が55万〜148万ベクレル平米の地域に対応する。そこには23万人の住民がいると書かれてある。次に

IAEAのチェルノブイリ20周年の調査報告書の25ページを見て欲しい。



http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf

ここには1995年の同地域での人口動態が乗っている。この555〜1480kBq/m2の地域に住む人口は19万3千人である。二次移住地域と指定されたにも関わらずたった4万人しか減っていない。それでは現在はこれらの地域は移住政策が進み人の避難が完了したのかといえば、そうでもない。

この55万ベクレル平米以上区分に入っている都市をwikipediaで検索すればすぐに出てくるが例えば

ロシアのノボズイブコフという都市は現在(2010年)でも4万人の住民が住んでいる。

http://en.wikipedia.org/wiki/Novozybkov

ベラルーシの町でもNarovlyaは(2005年)で8千人の住民が住んでいる。

http://en.wikipedia.org/wiki/Narovlya

「55万ベクレル=強制移住地域」と盛んに喧伝されNHKでさえも番組中にそのような表現をしていたと記憶するが、この点誤解が非常に広がったように感じる。視聴者側の印象として「旧ソ連のチェルノブイリよりも酷い汚染で、しかも避難できていない」という印象を与えた点で色々と誤解を生んだのではないか。

また、事故後5年経過しての政策という認識の部分がごっそり抜け落ちていた事で様々な誤解を増大させた。

それは一つには。

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Mtk95-J.html

この最初の資料の区分分けで、

「移住(第2次移住)ゾーン:セシウム137,ストロンチウム90,プルトニウムによる土壌汚染密度が,それぞれ555〜1480,74〜111,1.85〜3.7kBq/m2(15〜40,2〜3,0.05〜0.1Ci/km2)の地域.年間の被曝量は0.5レム(5ミリシーベルト)を越える可能性がある」

という部分を抜き出して、最後の年間被曝量から計算することで、これまた大きな勘違いが生まれてしまった点がある。要するに当初日本が採用していた土壌汚染濃度は、土壌1kg当たりという計測方式であり、これがチェルノブイリのkBq/m2どう相関するのか判断できなかった。故にこの資料の年間被曝量から逆算する人が現れた。年間5ミリシーベルトの場所は55万ベクレル以上ということになってしまったのである。要するに空間線量0.57μSv/hの場所は単純に×24、×365すれば5mSvなので55万ベクレル以上の濃度なんだという単純計算である。

これは二つの間違いを犯している。一つは現在の福島原発の事故においては空間線量の代表核種はセシウム134と137であるが、チェルノブイリ事故5年後の当地での代表核種はセシウム137に限られている点。セシウム134は半減期が2年であるから、5年の歳月で5分の1にまで減少しているし、また次の2年で更に半分減る訳で、代表核種としては事故5年後のチェルノブイリでは重要視されていない点が無視されている。

以下IAEAの資料99ページに、土壌1m2に付き、放射性物質の核種がどれほどあれば、その場所の空間線量がどのくらいになるのかという換算式がある。

http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/te_1162_prn.pdf

ここからmSv/h / kBq/m2の係数を使うと、セシウム134はkBq/m2に0.0054を、セシウム137は0.0021を掛けるとその場所のμSv/hが出る仕組みになっている。仮に555kBq/m2のセシウム137を計算すると1.1655μSv/hという数字が導き出される。これを単純計算すると年間10mSvになってしまう。何故チェルノブイリの区分では、これで5mSvということにしたのかと言えば、それは住居による放射線の遮蔽係数等を考慮に入れたからであろう。0.57μSv/hで年間5mSvという主張をする人はこの遮蔽係数という考え方も全く無視している。これが第二点の錯誤である。

実際上記の資料には旧ソ連が出した緊急措置としての被曝限度が書かれている。「事故の1年目10レム,1987年5レム,1988年3レム,1989年3レム,1990年0.5レム:うち外部被曝と内部被曝が50%ずつ」1レムは1レントゲン(10mSv)であるから、1年目は100mSv、2年目は50mSv、3〜4年目は30mSv、そして5年目に5mSvということで、事故発生年に5mSvという訳ではない。「ソ連は5mSvを避難基準にしたのに、福島は20mSvなんてソ連よりも非人道的」という意見はこの点で否定される(もちろん20mSvの実際の危険性は問わないし、あくまでもチェルノブイリと比較して非人道的な措置か否かの問題として)。それと、そもそもソ連の5年目に年間5mSvという被曝限度が達成できたか否かは上記の状況を見れば非常に否定的である。

では福島原発事故ではどのような計算をするべきであろうか。現在各地で計測される空間線量で支配的なのはセシウム134の方である。今回の事故ではセシウム137と134はほぼ同じ量放出されたと考えられており、事故後3ヶ月でセシウム134の方が約1割ほど減っている事を考慮しても、それでも137の二倍以上の線量をはじき出す。

では年間5mSvだと騒がれている0.57μSv/hの場所におけるセシウム134と137のBq/m2を計算するならば、セシウム137が80kBq/m2 セシウム134が75kBq/m2くらいの場所で丁度0.57μSv/hという空間線量になる。ただこれは自然放射線を含んでいない(実際0.05μSv/hくらいは宇宙線などの放射線になる)ので実際はもっと低い値になるだろう。そうするとセシウム137で55万ベクレル平米(555kBq/m2)とはおよそ7倍も差がある訳で、余りにも過剰な評価ということになってしまうのである。

では555kBq/m2の地域というものをどう判断するかであるが、正確にチェルノブイリと比較するならば、文科省と米国DOEの航空モニタリング調査を見る事が最もチェルノブイリとの正確な比較ができる。チェルノブイリの地図も航空モニタリングによる空間線量からの逆算によって作られたものであろうから、互いの比較に最も適している。以下のCs134.137合計の文科省マップを使うと大まかにチェルノブイリとの比較ができる。Cs134と137は7月末時点でお互いの比率が9:10くらいであろうから、この地図上で3000kBq/m2-の赤の地域を1480kBq/m2の地域に当てはめ、1000KBq/m2-と書いてある黄色い部分を555kBq/m2と解釈、更に300kBq/m2-の水色の地域を少々保守的であるが185kBq/m2と解釈、さらに60kBq/m2-の地域を37kBq/m2と解釈すれば、ほぼチェルノブイリの汚染区分と比較できる地図ができる。

文部科学省と米国DOEの航空モニタリング
DOE&Mon.jpg

http://www.pref.ibaraki.jp/important/20110311eq/20110830_01/files/20110830_01a.pdf

上記のモニタリング結果を基にチェルノブイリにおける汚染区分地図を同縮尺にして福島に落とした結果。
compare.gif

※文科省とDOEのマップにおいて、濃度分布に変更があった為修正しました。
※濃度分布の変更は栃木県と宮城県において変更があったものと思われます。
過去のマップはこちら



※文科省とDOEの調査で群馬、埼玉、千葉の地図が追加されましたので、チェルノブイリの欧州全体における汚染との比較図も作ってみました。2kBq/m2以下の場所に関してはnnistarさんの地図などを参考に作ってみましたが、精度としてはちょっと怪しいと思いますので参考までに。

この地図を見る限り、年間20mSv(3.8μSv/h)として線引きされた計画的避難地域とは、正にチェルノブイリにおけるセシウム137の555kBq/m2以上の地域と一致すると考えて良いと思う。チェルノブイリにおいて5年間以上放置されながら、5年後ベラルーシ政府が二次移住地域に設定したが、住民が避難した訳ではない555kBq/m2-1480kBq/m2の地域を日本においては計画的避難地域にしようということである。

ちなみにあくまでも参考として現在空間線量1μSv/hの地域(セシウム134、137が同量と仮定)における線量の変化を下記に記す。

chart1.gif

話を戻すと、チェルノブイリで5年間放置されたという部分がごっそり抜け落ちて、55万ベクレル平米以上で強制避難という説が流布した為、「事故後すぐに上記の区分で避難したにも関わらず、子供の甲状腺癌などの重大な健康被害がチェルノブイリでは起こった」という誤った認識が広く流布してしまった感もある。そこから福島ではチェルノブイリよりも遙かに深刻な事が将来起こるという不安感が醸成されてしまっている点も非常に問題かと思う。

2・チェルノブイリにおける実際の汚染とは

実際は前にも振れたが30km圏外住民は高濃度汚染地域にいても5年後まで放置された。また内部被曝に関しても事故当初の食料摂取の方針は

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/saigai/Mtk95-J.html

にあるように肉は現在汚染牛と騒がれているものと同じKg当たりセシウム137で3700ベクレルまでを安全とした。粉ミルクに至ってはKg当たり18500ベクレルという現在の日本ではとても考えられないレベルの緩い制限であった。しかもチェルノブイリ原発周辺の村部などは普通に自宅で牛から牛乳を搾り、それを飲んでいた訳で、事実上これらの食料制限はほぼ無視されていたと考えても良い。特に事故当初のヨウ素131の摂取に関しては、食料制限が事実上完全に失敗したと考えられる。ヨウ素に関しては半減期が8日間と非常に短い為、初動が最も重要になる。最初の8日間摂取制限を怠ることは、その後一生完璧な対策をしたとしても取り返しの付かない被曝をしてしまう訳であり、この点チェルノブイリでは対策が大きく失敗した。それは事故当初住民への説明が不十分であり、また住民も原発事故に対する知識を殆ど持っていなかった点が不幸を招いたと言っても良い。以下IAEAの資料113ページに子供達が甲状腺に受けた等価線量の表が掲載されている。



http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf

恐ろしい事に等価線量で10Gy以上(単純に考えれば10Sv、10000mSv)以上の甲状腺被曝をしてしまった子供が約150人いる事が書かれている。また1Gy(1000mSv)以上は5500人、200mGy以上は約3万人という数字になる。一方、福島では3月末に946人の子供に対して緊急甲状腺サーベイが行われたが50mSv以上の被曝は事実上認められなかった。

http://blog.goo.ne.jp/chemist_at_univ/e/d9b01d71ba0d3d3722081f6c93743cf9

結果ベラルーシでは年間の小児甲状腺癌の発生件数が年間数件だったものが事故後10年をピークに年間90件近くまで跳ね上がった。小児甲状腺癌の症例は全体で数千件にのぼったそうである。全ては事故当初の食料制限ができなかった事が主因であろう。よく「チェルノブイリでは子供達はソ連政府の計らいで夏休みにソ連各地に疎開することができた」という論を目にするが、何度も言うようになるが、ことヨウ素131の甲状腺被曝に関しては最初の8日間で避難できず、また食料の摂取制限ができなかった時点で、その後一生気をつかっても取り返せない被曝をするという意味では、あまり夏休みの疎開も意味がなかったと考えられる。同時に半減期の短い核種は事故当初チェルノブイリでは多く飛散しており、特にジルコニウム・ニオブ等の空間線量の寄与率は事故後数十日間、支配的であった点は1ヶ月後にはセシウムが代表核種になった福島と全く違う点で、初期被曝が人々に与えた影響を考えるならチェルノブイリに関しては一概に福島と比較できない点が非常に多い。

I131figure.gif
※ヨウ素131の場合は事故発生より約1ヶ月しっかり対策をすれば9割の被曝を抑制できる

また事故当初30km圏内にいた住民で事故2日後に避難したのは原発から6kmにあるプリピャチ市の住民だけで、その後30km圏内の村部住民の避難には2週間を要した訳で、その間に重大な被曝を多くの住民が受けた。もちろん2日後に避難できたプリピャチ市住民の中にも急性放射線障害で入院した人がいたくらいであるから、凄まじい汚染の中に事実上曝された訳である。事故当時の市内の放射線量に関しては様々な説があるが、軍隊の計測によると、事故当日の昼間には市内の公園で2mSv/hを記録し、そして深夜には数値が跳ね上がり70mSv/hを記録したと言われている。

http://youtu.be/vog5R6DF9wU?t=9m25s

福島原発事故で決死の覚悟で原子炉建屋に放水を行ったハイパーレスキュー隊が3号機建屋近くで経験した線量が70mSv/hであるから、6km離れた市内でこの数値ということは、途轍もない汚染だったことが伺える。ちなみに福島原発事故において短期間で100mSv以上の被曝をして一時的白内障など急性放射線障害と考えられる症状になった人はβ線裂傷等を抜かせば原発作業員も含めて現時点で存在しない。

※3月12日、1号機のドライベントの際に作業員一人が106mSvの被曝をして吐き気、だるさを訴えて緊急入院したそうなので訂正します。 (参照 Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E7%AC%AC%E4%B8%80%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85

翻ってチェルノブイリ事故は一体どれだけの急性放射線障害患者を出したのか、以下今中准教授の研究を再びとりあげると、

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/Chernobyl/Henc.html

この「事故直後の放射線障害に関する共産党秘密議事録からの抜粋」という部分を見ると入院患者が指数関数的に増えていく凄まじい実態が垣間見れる数千人が入院し、数百人が急性放射線障害と診断されたとあるが、実数に関しては不明な点も多い。ただ、この報告だけを取り上げても、彼ら急性放射線障害で入院した人々が後に大きな後遺症を抱えた事は考えられる。

また原子炉を封じる為にかり出された作業員の作業環境に関しての比較も、今回の福島原発と比較にならない。石棺を作るため原子炉建屋屋上のガレキ撤去にかり出された作業員は表面線量70Sv/h以上のガレキを手作業で撤去したそうである。作業時間は2分間と定められていたらしいが、その場にいるだけで全身の感覚が無くなるような、またガレキをつかんだ時は無数のナイフで手のひらを突き刺されたような感覚を経験をしたそうである。

http://youtu.be/GnftyMdTBCE?t=9m30s

よく福島の高濃度汚染地域はチェルノブイリのレッドフォレストを越えているといった意見も散見されるが、それはあくまでも「現在のレッドフォレストの空間線量」を越えたということである。基本ツィッター等でRTされる話題はこの手の話が多い。またチェルノブイリ事故当時「東京」で観測されたセシウムの降下量との比較等々、付帯条件を付ければ間違いではないのであるが、誤解を与える表現が非常に多い。ちなみにレッドフォレストと呼ばれる立ち枯れした森林で事故当時一体何が起こり、どのくらいの汚染がされたのかというと以下IAEAの資料127ページに記載されている図がある



http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf

この図の原発から2kmほどの位置に毎時100レントゲン(1Sv/h)の場所があるが、ここが所謂レッドフォレストである。事故当初の空間線量1Sv/hということは4時間いれば人が死ぬレベルの高濃度汚染地域である。福島原発では原発構内や汚染された設備の表面線量くらいでしかこのレベルの値はお目にかかれない点を考えれば、どれほど凄まじい汚染なのか良くわかる。また同146ページ〜147ページには原発周辺地域の核種汚染の実態が細かく記載されている。



http://www-pub.iaea.org/mtcd/publications/pdf/pub1239_web.pdf

レッドフォレストと呼ばれる場所の汚染濃度を見ると、事故10年後1997年の調査でセシウム137とストロンチウム90がそれぞれ20000kBq/m2以上。アメリシウム241、プルトニウム239、240がそれぞれ400kBq/m2以上という凄まじいものである。特に福島原発事故に関しては原発周辺で僅かしかストロンチウムは観測されないし、アメリシウムやプルトニウムに至っては米ソ中の核実験で放出されたものと殆ど見分けが付かない程度である点を比較すると、大きな違いがある。また一時期、北米大陸まで福島原発の3号機爆発によってプルトニウムが飛散したというトンデモ理論がツィッターのTL等で散見されたが

http://togetter.com/li/128687

即座に専門家によって否定されたことを付け加えておく。チェルノブイリの爆発でさえプルトニウムの飛散は原子炉30km圏に大体限定され、周辺諸国で観測されたという話は聞かない。チェルノブイリでは上に示すように原子炉2kmの地点で40万Bq平米のプルトニウムが観測される程の飛散でもそうなのに、何故原発周辺で殆ど観測されないプルトニウムが米国まで飛散していると言えるのか、理解に苦しむが、まあここで議論するような事でもないのかもしれない。

以上、チェルノブイリ事故との比較で非常に問題なのは、これら多くの被曝を不幸にして受けたチェルノブイリの人々の存在を全く無視して、ベラルーシ政府が事故後5年経ってまとめた汚染地域区分のみで、現在の福島事故と比較しようとする点である。現在のチェルノブイリで放射線障害の後遺症に悩む人々は非常に多い。だがそれは事故当初にソ連政府の無為無策のお陰で一般住民まで急性放射線障害を引き起こす程の被曝をした人々の後遺症とも言える訳であり、初期に大きな被曝をせずに後からその場所に移り住んだ人の調査、所謂低線量長期被曝の知見ではないのである。またベラルーシ政府の汚染区分に関しても、初期被曝がない状態でその地域に住み続ける事のリスクに関する統計というのは当然存在しない。私自身の印象では事故後5年たって、このような汚染区分を作り、人々の移住を進めて(実際に移住が徹底されたとは言い難いが)も、正直放射能は年代と共に指数関数的に少なくなるならば、最初の5年に何も講じなかった時点で手遅れであり、単なる付け焼き刃であるのだが、政策によってもたらせる住民の健康への効果よりも中央政府であるソビエト連邦に対する強い反発から打ち出されたといった面があるように思える。もちろん放射線を浴びない事はリスクを減らす上で非常に重要なことではあるのであろうが、、確たる参考になる知見のない汚染区分で一体何が解るのかも疑問でもある。この低線量長期被曝に関してはECRRのスウェーデンの研究等が一部盛んに取り上げられていて、120kBq/m2程度のセシウム137汚染でもガン発生率が増大する等盛んに喧伝されているのだが、それも以下のブログに書いてある通り学問として非常に怪しく疑問点が多い。

http://d.hatena.ne.jp/buvery/20110520

むしろこれから低線量長期被曝に関して、しっかりとした知見を得るために福島原発事故に関して比較するに相応しい事故例を挙げるならば、チェルノブイリとほぼ同じ時期にブラジルで起こったゴイアニア事故のほうではないだろうか。

http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-03-02-04

チェルノブイリにおいては地上の長期汚染はセシウムのみならずストロンチウムとプルトニウム、アメリシウム汚染も非常に深刻である。対してゴイアニア事故はセシウム137と核種が一つに絞られる点である側面では非常に福島原発事故に近い。またソ連からCISへ、そして民主化をへて独立といった一連の政治的混乱とも無縁な点では解りやすい例なのではないだろうか。ちなみにゴイアニアの避難基準は以下の通りかなり緩いものである。



この基準を現在の福島原発周辺に当てはめると、飯舘村の大半は非汚染地域に、原発構外に関してはほぼ全ての場所で妊婦などの制限をつけた低汚染住宅地ということになってしまう。ちなみにセシウム137で10μSv/hという線量は単純計算で480万ベクレル平米という事になる。これ程緩い制限をしたゴイアニア事故に関して、その後の住民の健康に一体どのような事が起こったのか研究することこそが、今後の福島の低線量被曝についての重要な知見になるように思えるのであるが、残念ながらゴイアニアに関しては資料が少なく、確たる研究がされていないようにも思える。

以上チェルノブイリとの比較について自分の理解している範囲で書いてみた。まだまだ書き足らない事もあるのだが、それは次回にしようと思う。
posted by mockmoon at 04:43| Comment(537) | 記事